別居後も、夫の会社の事務作業を続けている。
私に給与(といっても5万円)が発生しているからやむを得ない部分はあるが、
一歳児をひとりで世話しながら、毎月の会計、法務、特許管理、社会保険労務などの一切を行うのは、それなりに大変である。ほとんど育児休業状態ではあるが、自分のフリーランス業もある。
別居した今でこそ、「ここまでやっている」と言える。
それまでは、そう思ってはいけないと、どこかで自分を抑えていた。
夫には常に「あなたは楽をしている、私は世界一しんどいのに」という態度を取られてきたので、
自分自身、「そこまで大変だと思っちゃいけない」と、無意識に思い込んできた。
「娘は手のかかるタイプじゃないし」と。
しかし、今なら、誰に遠慮することもなく思う。
「0歳児を自宅保育しながら仕事するって、めちゃくちゃ大変だよね」と。

夫は妊娠末期から私に「あなたは育児中は生活費を出さなくて良い」と言ってくれたものの、
夫の会社の役員となるために勤め先を辞めた私に、育児手当などなく、年金も無い。
そして出産直後から事務仕事を行なっている。
一方で、会社給与の5万円は、保険料や通信費にしかならない。
しかし、夫は「給与出てるんだから、育児中も働いて当然」「生活費出させないだけで極楽だろう」といわんばかり。
だから、私のフリーランスの仕事が入ると「生活費タダ乗りする妻自身の小遣い稼ぎ」と見ているようで、
私がてんやわんやになっていても、全く家事育児を手伝おうとはしないし、気遣いもない。
そして自分はソファに寝転がり、毎日3〜4時間を趣味のスマホゲームやテレビ、ニュースサイト閲覧にあてるのだ。
私は夫のこうした考えや態度が、いわゆる「DV加害者の特性」にあたるのだと、ようやく理解した。
そして、加害者特有の「自分が世界の中心」であり、「自分の価値観で相手を測る」という視点を、
私はそのまま内在化してしまっていた。だから、「仕方ないよね、私の仕事だし」と思い、
夫にも皺寄せがいかないようにと、粉骨砕身、努力していたのだった。
そもそも、私がフリーランスの仕事を失ったら、
夫と別れた場合、どうやって生きていけばいいのか。
ことあるごとに「別れる」と、いわば脅しを受けてきた私は、
無意識に、「いつまでこの家に住んでいるかわからない」「いつ仕事が必要になるかわからない」という危機感を持ちながら生活してきたのだ。
夫が完全に味方ではない、不安定な婚姻関係という異常な環境で、家事と子育てと仕事をしてきた。
それだけでなく、
正常なパートナーシップであれば、育児中の妻に配慮するのは当然だ。そもそも負担は互いに比べることではない。
少なくとも、「自分ばかり大変だ」「別れる」といった言葉で相手を追い詰めることはないだろう。
だから、私は別居後のほうが、絶対的に快適で、楽なのだ。
何もしない、協力的でない夫が家にいるよりも、一人で完全にワンオペしながら仕事をしている方が絶対に楽。
節約しながらでも、娘との食事をととのえるほうが、絶対に幸福。
帰宅時に夕食が整っていなければ不機嫌になる夫がいない。
朝食や夕食の献立に文句を言う夫もいない。
そして、「気に入らないのではないか」とヒヤヒヤしながら食事することもない。
そんな夫ならATMとして対応すれば良い、という人もいるだろうけれど、
私はそういう夫なら要らない。
私はもっと、パートナーとともに、人生を豊かにしたかった。
そしてこれまで、私たちの問題の原因は、私自身にあると思い込んでいた。
「夫のいうように、私自身の問題点を矯正できれば、二人の関係はうまくいくはずだ」と。
それが事実ではないことを、別居してようやく理解した。
そして、被害者にそう思い込ませることが、精神的虐待の関係構造であり、
加害者の性格的な問題なのだと知ったのだ。
カウンセリングの先生は、
「多くの場合、被害者は被害を認めることができない。
認めることは、本当に辛いことだったと思う。あなたは本当に強い人だ」と言ってくれた。
その通りで、私は自分が被害者だったと気づいた時、
心の底から悔しかった。間違いなく、これまでの人生で一番辛かった。
足元から世界が崩れて、どうしていいか分からなかった。
何を信じていいのか、この8年間は何だったのか。
進むのも戻るのも、どこへ向かっても地獄に思えた。
夫に怒りが湧いたし、そんな夫を選んだ自分が情けないと思った。
どうして今まで気が付かなかった、ここまで来てしまったのか。
しばらくのあいだ、絶望で身動きがとれなかった。
どうして私が?なぜ私が?という堂々巡り。
バカだ、弱い人間だ、愚かだ、自己責任だ、と自分を責めた。
さんざん自分を責めたあとで、底についてしまった。
しかし自分の選択を責め続ければ、それは畢竟、娘の存在を否定することになってしまう。
それは絶対にあり得ない。娘は間違いなく、私の人生の光だ。
底についたあとは、上がるしかなかった。
だから私は、こう考え直すことにした。
「私は強い人間だから、夫を相手にしてなお、ここまで来れた」
「私の強さが、娘をこの世界に連れてきたのだ」
そこから私は別居に向けて決意を固め、離婚を覚悟して動き始めた。
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