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分かり合えない母と、引き受けないという選択

二度目の面会日は、私の実家で行うことになり、私の母親が夫と連絡を取り合って調整した。
別居にあたっても夫から執拗に追い詰められた私は、婚姻費用や面会に関わる取り決めは調停で行うつもりで、
面会も第三者に立ち合いを依頼するつもりでいた。

しかし、直前に夫が双方の両親に連絡を取り、
「妻が自分に行き先を知らせずに、子供を連れ去ろうとしている」と大騒ぎをしたうえ、
(私は「別居後に対応する」と伝えているにも関わらず)
私の実家に乗り込んでこれまでの(自分視点の)経緯をぶちまけて号泣したらしかった。

この時、夫が実家に来ても「受け入れるな」と伝えたのにも関わらず、
私の希望を無視して迎え入れたのは母親で、
そこから夫に同情し、調整役を自ら進んで買って出たのも母親だった。
だから私としては、母親は「巻き込みたくなかったのに、勝手に入ってきた」のであり、
私への心配や尽力には感謝するものの、その負担感や心労までは引き受けないように気をつけている。
そもそも私はいま、他人に配慮できる状態ではない。

そして私の母親は、感情的で娘の領域に悪意なく踏み込んでくるタイプであり、
長男の嫁として、一族のすべてを(自分が我慢することで)丸く収めるという役回りを長年引き受けてきた人間だ。
結婚するまで腰掛け社会人で、子供を産んでからはパート勤め。
すでに専業主婦歴も長い。
母親の世代には割と一般的なタイプかもしれないが、
私は母親の世代でもないし、同じタイプになるつもりはない。
分かり合えるはずがないのに、まるで自分と同じ価値観を共有しているかのように、
「丸く」収めようとしてくる。
これまでも、「家事しないなんて、そんな男性は割と多いわよ」といった言葉で片付けられるたび、
私は途方に暮れてきた。

しかしそんな母親の性格は、時代や環境の中で仕方がなく形成された部分が大きいと思う。
まして母親は、甲状腺疾患なども抱えていて、決して体が強いタイプではなかった。
それなのに、パート勤めもしながら家事をすべて行い、折り合いの悪い義母や義父(私の祖父母)の食事も世話をし、
三人のきょうだいを育て上げたのだった。
そして認知症となった義母を労りながら介護し、看取った母親は、
晩年とても穏やかになった義父にも深く感謝され、愛されていたと思う。
私の母親は、自ら運命を切り開く人間ではないが、降りかかる運命をすべて受け入れ、
明るく前向きに最善を尽くす誠実な人間だと思う。

しかし、だからこそ、この母親には、説明しても絶対に分からない。
単に感情制御ができずに号泣する夫を「愛情があるから」と好意的に捉え、
私がこれまで長年にわたり何度も「別れる」と言われたことで、追い詰められてきたことを、
「でも、互いにすれ違っただけでしょう?後悔しているんだから、話せば分かるわよ」
そう信じている。

今回、主に母親から「なぜ?」「やりすぎでは?」「復讐したいの?」といった問いを受けて、
これは「犯罪被害者の二次被害構造」に似ていると、感じた。
今の私には耐えられない。

私が自尊心を削られ、生殺しの時間を生き、
何とか適応し続けてここまで来たこと、
夫の「別れる」の発言や対話断絶は、それ単一の加害ではなく、
生活全般にわたって私を追い詰めてきた自己中心性、
責任転嫁癖、他者視点のなさ、被害者意識といった特徴からくるもので、
その特徴こそが私を日々、苦しめてきたのであり、
しかもその原因は、私自身にあると信じ込まされてきたのだ。
それに気がついたとき、
どれだけの衝撃、憤り、怒り、悔しさ、といった地獄が生まれるのかということを、
説明して理解してもらえるとは、とても思えない。
だから私は口をつぐんできたし、今後も詳しく話すつもりなどない。

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