MENU

何度も私の心を殺した、「成立しない」対話構造

やはり夫は、何も変わっていない。
先日、娘との二度目の面会日を終えて、私は確信した。

私は依然として、夫と必要最低限の連絡を取るだけでも、非常に強い不安やイライラを感じるため、面会に同席はしなかったが、 親から入ってくる夫の発言や雰囲気などを聞いて、 反省していない、いつものパターンだと感じたのだった。

DV加害者というのは、押し並べて「加害を絶対に認めない」という特徴を持つことを、 私は自分が被害者になって初めて知ることになった。
以前から、夫に対して、普通の人に対するのとは違う違和感を持っていた。
誰だって、他人と深く付き合えば多少なりとも違和感を持つと思う。 だからこそ、私はそういう違和感を、特に大きな問題だとは思わなかったし、 自分の考えすぎの可能性が高い、 むしろ自分の持っている問題の映し出しの可能性もある、と思い込んで、やり過ごしてきた。

しかし、そうではなかった。
夫に対して感じてきた違和感は、例えば口論の時などに顕著になる。
夫との口論は、通常の対話とは異なる“成立しない構造”を持っていた。


「常に自分が正しいと信じ、相手を間違っていると信じている」
「常に相手を責め、自分自身を省みる、内省する様子が一切ない」
「自分の快・不快で決めた結論を、倫理的な言葉で正当化している」
「整合性を前提に対話を重ねても、急に前提条件やルールを変えてくる」
「説明を重ね、矛盾点を指摘すると、“話が通じない”と言って対話を断絶する」

関係の外に出た今だから、こうして明確に言語化できるものの、 当時はこうした違和感の根源が、 私の勘違いなのか、相手に原因があるのかも明確に分からなかった。
ただただ消耗し、いつまでも口論が終わらない。夕方に始まった口論が、翌朝になることもしばしばあった。
ただ、一時的にでも口論をやめようとすれば、夫は「話し合いの途中なのに」「誠実ではない」と責めるところがあるので、休戦もできない。1 つまりこの口論には、「やめる」という選択肢自体が存在しなかった。

私はこうした口論で、完全に自尊心を削られ、消耗してきた。
でもきっと、それは夫も同じで、苦しんでいるはずだと信じてきた。
夫も「なぜこんなことになるのか」と、非常に苦悩しているように見えた、
しかしその苦悩の原因が、明らかに私の性格にあると信じているように見えた。
「人間的に成熟している人同士であれば、これほど問題は起きないはずだ」
「あなたと私は、本当に、相性が悪いんだね!」と何度も言われた。

日本におけるDV研究における第一人者として知られる信田さよ子氏が「DV被害者の多くは過剰に論理的になる」「夫から(常に)“説明しろ”と言われているから」インタビューの中で話しており、そうか、と私は納得した。
そもそも加害者は、話し合いを「意見のすり合わせ」ではなく、「自分の正当化」「相手の服従」の舞台にしているのだから、いくら相手が懸命に、論理的に筋道立てて説明したところで、相手に通じるわけがない(そもそも相手に「説明させる」という構図が、支配関係にあることの証左である)。
私は度々、「あなたがおかしいのだ」と責められて、気が狂いかけたようになり、「ここにカメラがあって、その映像を100人が見ているとして、100人中100人が、私がおかしいとは言わないはずだ」と、夫に泣きながら伝えたことがある。いくら説明しても通じず、言葉が尽きて、そんな抽象的な言い方でしか反論できなくなったのだ。
しかし、夫は言う。

「あなたには話が通じない」
「認知が歪んでいる」

そして長期間、対話を断絶する。
今振り返ると、そうすることで夫の中の「理想の自己像」を崩さないようにしていたのだろう。
私の心を何度も殺しながら。

  1. しかし、口論を重ねるごとにわかってきたことがある。夫にこうしたこと(あなたは怒るに違いない)を実際に指摘をすると、急に「そんなことはない。私は話の分かる人間だ」「それならば一時休憩しよう」と、私の意見をすんなり受け入れるのである。どうやら夫の中には、「自分は話の分かる寛大な人間である」という強固な自己イメージがあり、それに反する指摘には敏感に反応するようだった。 ↩︎
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次