考えたところで仕方がないのだが、昨日の記事を書いて以降、ぼんやりと
「夫は修復プログラムに進むだろうか、それとも離婚に進むだろうか」と考えてしまっている。
このような状況になると私は、書いて整理することが絶対的に必要になる。
特に育児中である現在は、断続的かつ短時間しか考えることができないから、
自分が何に対して恐れや不安を抱いているのかが分からず、
延々とモヤモヤしてしまうのだ。
だから娘が就寝した今、本当は仕事をしたいところだけれど、書くことに決めた。
私はこの夫婦関係が、結果的にどのような道に至るとしても、
夫が現段階で「修復に向けて取り組む、トライする」という選択肢を取らなかった場合、
強い憤りと怒りを感じるだろう、と予感している。
だからこそ、次回(来週)のカウンセリングで、カウンセラーを介して夫の回答を聞くことに恐れを感じている。
私は前回、カウンセラーから心理学者・信田さよ子氏の著書を読むことを薦められた。
そのカウンセリングルームでは、DV問題に関しては信田氏の考えを基にしたカウンセリングを行っているからだ。
そこで私は、数ある著作から『加害者は変われるか』を読んだ。そして、深く安堵したのだった。
私が安堵したのは、信田氏の「徹底的に被害者に寄り添う」姿勢である。
信田氏は加害者に向けた教育プログラムなども確立しているが、それも「被害者を真のクライアント」と位置付けたものであり、決して被害者に対する教育的なアプローチではない。
そうした姿勢だけを取っても、「私を肯定してくれている人がいるんだ」と感じたのだ。
私はもう二度と、「自分を疑い続ける世界」へ引きずり込まれるのは嫌だった。
重箱の隅をつつくように、自分で自分の短所を洗いざらい集めて、
すでに傷付ききった自尊心をさらに削り続けるような日常も嫌だった。
私はそれを無意識に、夫と暮らし始めた日から8年間ものあいだ続けてきたのだった。
今思えば私がいたのは、「問題を解決しようとすればするほど、自分の方が壊れていく世界」だった。
あんな思いはもう嫌だ。あんな世界はもう嫌だ。
しかし、これを誰に伝えれば分かってもらえるんだろう。
分かってもらえるわけがない。
母親などに話せばきっと「あなたにも悪いところが」と言い始めるだろう。
どうして私だけが自分を傷つけ続けなければならないのか。
この不公平さ、理不尽さは、すべて私の責任なのか。
私はもう二度と自分を疑い、自尊心を失い続ける日々に戻りたくない。
真に自分と向き合わなければならない人間は、他でもない夫なのだから。
夫は自分の中で向き合うべき課題から目を逸らしてきた。
その課題の積み残しで起きるさまざまな夫婦問題の原因を、すべて私にあると思っている。
明確には分からないまでも、夫が対人関係に何らかの「常軌を逸した」課題を抱えているのではないかという疑念を、
私は交際当初から少しずつ感じてきた。今は確信に変わっている。
夫は弱い人間であるだろう。それは間違いない。
しかし私は夫のためにこれ以上、自分も時間も削る必要はない。
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