この家に引越してきてから、何となく、土日に出掛けるのが億劫になっていた。
「平日なら娘と道を歩いているだけで心愉しいのに、なぜなんだろう」と思ってきた。
用事があって外出した土曜日、反対側の歩道を小さな子供連れの若夫婦が目に入り、
それから急激に心に錘がついたように沈んでいくのを感じた。そして気が付いた。
そうか、私は「家族連れ」を見るのが辛いんだと。
今週末に、私の三度目のカウンセリングを控えている。
この間、夫がカウンセリングを受けたので、私はカウンセラーを通じて夫の考えや状況を聞くことになる。
私の関心は一つだ。
夫はこの夫婦問題の原因を「自分に大きな非がある」と認めて、
根本的に認知を変えるためのプログラムに進むだろうか。
あるいは、また「私は被害者だ!」という考えに縛られたまま、
「価値観の不一致」を盾にして自分の心を守り、離婚を申し出てくるのか。
夫との関係を考えるとき、いつからか私の心に浮かぶ言葉は
「進むも地獄、戻るも地獄」だった。
夫とたびたび諍いが起きていた同居時代、私は
「自分に人間的に大きな問題があるのだ」と考えてバランスを取ることで、何とか適応してきた。
誰と結婚しても、同じように問題は起きるに違いない。だから乗り越えないといけない。
夫はおそらく「穏やかで諍いのない、互いに敬意ある夫婦関係」を望んでいるに違いない。
そして、それを実現できないのは、私に欠陥があるためだと思ってきた。
なぜなら夫は度々、そのような表現をしたのだ。
「互いに成熟した人間どうしであれば、これほど問題は起きないはずだ」
「あなたは認知が歪んでいる」「話が通じない」「感謝が足りない」
「私を怒らせるあなたが悪い」「私に“別れる”とまで言わせたあなたが悪い」
夫は普段、誰よりも論理的であり、視野が広く、人間関係もシステムのように考えるところがあった。
だから他人にそこまで怒りを持つこともない。
倫理観はそれなりに高いほうに見える。
だからこそ、私は「この夫がここまで言うのだから、私に問題があるのだろう」と思ってきた。
しかし、一方で夫は、ADHDやASDの傾向があった。本人は認めていないが、「近いものがある」と認識している。
私は日常的に、夫の忘れっぽさ、散らかし癖、突発的な行動、周囲の巻き込みなどに対処してきた。
その対処には慣れてきたし、私は彼に対して怒ることもない(相手がこれほど地雷タイプなら当然だが)。
ただ、何度となく同じ注意をしても、約束をしても聞いていない、何度も同じ説明をさせられる、などが重なると、
「前も言ったのに」と言ってしまう。
そして、この「前も言ったのに…」というような表現でさえ、夫は激昂するのだ。
そして夫が激昂すると、私はパニックになる。何とかその怒りの火を消そうとしても、一切きかなくなる。
そこから夫は「もう、しばらく話したくない」「別れる」と言い出すのだ。
私は以前、同様のシチュエーションで、このように伝えたことがある。
私が夫のしたことで困り果て、泣いた時、まるで噴火するように激昂したのだ。
泣いても「攻撃した!」と激昂するのだから、どうすればいいのかわからない。私は追い詰められ混乱した。
「私は100回、優しく伝えているのに、あなたは聞いていない。それはあなたの特性だ。
そして、100回のうちの1回、優しく伝えなかったからといって、ここまでキレるのがおかしい」と。
すると夫は「自分に特性があると馬鹿にした」と捉えたらしく、今度は
「あなたにだって特性があるだろう!私は言わないだけだ!できないことだってたくさんあるだろう!でも私はそんなこと、言ったことがないだろう!品がないからね!」と言ったのだった。
私は何も、相手を馬鹿にしたり、貶めたりするつもりで特性を引き合いに出したのではないが、
夫は完全に、私を「自分より劣った人間」として馬鹿にする意図で言ってきたのだった。
社会的に誰が見ても立派な肩書きがあり、段違いに高学歴で、経済的にも強い人間にこう言われると、
私は自分が生きる価値のない人間になった気がした。自尊心が、もう削れないところまできていた。
いま振り返って思えば、夫の最大限の「防御」だったのだろうが、
このような性格が根本的に変わるとは考えにくいし、
そもそも、私へのあらゆるネガティブな表現が、消えるものではなく、深く突き刺さっている。
あの日、初めて訪れたカウンセリングルームで、カウンセラーは何度か言った。
「あなたは本当に強い人だと思います。強い、賢い人だと思います」
その時、私が失った自尊心の芯が、少しだけ動いたのを感じた。
私はいま、娘と暮らしながら、この八年間で少しずつ失い続けた自尊心を取り戻しつつあるのだと思う。
進むも地獄、戻るも地獄。
実際には地獄ではないとわかっている。
もし進めば、もし戻れば、もしかしたら違う風景が見えるかもしれない。
でも、私がもといた世界には戻れない。
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