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点と点が線になった日  ➖精神的虐待に気づくまで

別居して一ヶ月が経った。
それでも、夫に対するあたたかな感情や憐れみは、少しも戻ってこない。
そのことに、私は少し戸惑っている。


夫が直近の「会話したくない」「別れる」発言をしてから約二ヶ月後、私はようやく家を出ることができた。
一歳半の娘と、2匹の猫たちを連れて。

もともとは、住居から車で30分ほどの場所にある、私の実家にしばらく滞在するつもりだった。
夫もその認識でいた。
しかし、実家で事情があり受け入れができないと言われて、私は途方に暮れた。
あの時、ほんとうに途方に暮れた。
今思えば、当時の私には、まだ迷いがあったのだと思う。
「夫から離れたい、でも、大ごとにはしたくない」という葛藤。

私はそれから、娘の睡眠中の時間を使い、
自分の夫への考えや感情を整理することにした。
夫との八年間で起きた喧嘩、夫の発言、対応などを何度も反芻し、
ノートを書いたり、ChatGPTと対話したりしていた。
そして数日目。そこに行き当たった。

「私が受けてきたことは、精神的虐待ではないか」


私はしばらく、目の前が真っ白になったようで、呆然とした。
いわゆる精神的DV、モラハラをするタイプって、口も態度も悪いタイプだよね?
それにDVを受ける人って、か弱くて、言い返すこともできないタイプだよね?
夫は普段は冷静で論理的な人間だし、フェアに見えるし、
私は喧嘩になっても言い返せるし、気が強いし…
何より私は「モラハラ男につかまるような盲目的な人間じゃない」はずだ。
そう思った。

私は動転しながらも、これは専門的で客観的な視点からアドバイスを受けるべきだろうと考えた。
翌日、内閣府が運営するDV相談窓口を利用したところ、相談員は「DVに該当すると考える」と言った。
夫の性格(言動)は、モラハラをするパーソナリティに非常にマッチしている、とも。
それでも私は半信半疑で、今度は地元のNPO法人の問い合わせフォームを利用した。
翌日、返信が届いた。「精神的虐待に該当する」との回答があった。

私は衝撃を受けたが、その一方で、
「そりゃ、私がこれほど辛いわけだ」と納得していた。
夫から長年にわたってスルーされ続けた私の「拷問に近い苦しみ」を、
ようやく「社会的問題」として認めてもらえた、という感覚があった。
そうか、そうだったのか。

私はそれからモラハラに関する書籍を読んだり、ネットで調べたりして、
モラハラをする人間の多くは「自己愛性パーソナリティ障害」的な性格(思考)構造を持っていることを知った。
そして夫に対して抱いてきた違和感が、その性格特性として説明できることに思い当たり、背筋がぞっとした。

今まで私は無意識のうちに、夫が「怒ったり不機嫌になったりしないように」と、先回りして環境を整えてきたところがあった。
でも、それは私自身の問題(気にしすぎ)だと思っていた。
私がそこまで気を遣わなくても、夫は怒ったりしないだろう、不機嫌になったりしないだろう。と。
でも実際、子供が産まれてからは、私が先回りしたり、夫を優先することができなくなり、
夫は些細なことでキレやすくなっていた。

長年にわたって積み重なった違和感(点と点)が、初めて、ひとつの線になってつながった。
まったく嬉しくない発見だが、目が開けたような、道が開けたような、そんな感覚だった。
夫は、こういう性格構造だったのか。これは話し合えるわけがない。無理だ。
そして夫は自分自身の非を認められる人間ではないと、確信した。

「絶対的に、いま、夫と離れる必要がある」と腹を決めた。

「離れる必要がある」と考える以上は、
仮に別居から離婚したとき、自分が娘と猫たちを連れて生きていけるのか、という具体的な見通しまで持つ必要があった。
だから私は女性相談窓口や行政機関などに相談を重ね、DV、母子家庭の支援などを徹底的に調べた。

それから別居までは、振り返ればかなりの大仕事で、さまざまな問題や、心理的負担の波に揉まれた。
育児中のためセーブしているとはいえ、自分のフリーランスとしての仕事があり、
夫の会社の経理、法務などの仕事もあった。
何より大事な娘、猫たちのお世話をしながらそれらをこなし、新たな住まいを見つける。
身近な人間には誰にも相談せずに、一人ですべてを進めたのだった。

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